■■有形■■ 「エアー的なもんじゃなくてよぉ」と彼はいった。 つまり彼は私から形ある贈り物が欲しいのだそうだ。 「おめでとう」という言葉ではなく。目で見て、手で触れて、時を経て存在するものが欲しいのだそうだ。 目の前に座る彼は、口を尖らせ腕を組み、明後日の方向を向いている。 何がそんなに気に入らないのか…。 だが彼が私の前で不機嫌なのはいつものこと。特に気にする必要性も感じなかったため、私は書き終えたバースデーカードをプレゼントに添えて紙袋へといれた。いつもルートヴィヒが世話になっている部下への誕生日プレゼントだ。カードには祝福の言葉と共に労いの言葉を書いておいた。 すべての作業を終え、私はふぅ…と吐息をつく。 その間も彼、ギルベルトは変わらず不機嫌そうに私を見ていた。 さきほどと変わった点と言えば、ソファーから壁際へ移動した点だが、なぜギルベルトが席を立ったのかは不明である。 だがそんな彼見て、そういえば…と思い出すことがあった。 (腕を組むのは心を閉ざし、自己を護りたいという心理の顕れ…とかなんとか) 人伝に聞いた言葉はうろ覚えで、その後に続く内容を思い出すことはできなかったが、私の興味を彼へと向かせるには十分だった。 『自己を護りたい』だなんて、彼には似合わない言葉だ。 弾が飛び交う戦場でさえ、怯えることなく自由に駆け抜け、敵を蹴散らし返り血に染まってなお戦い続ける。そんな男が、保身にも似た感情を私に垣間見せるなんて…。 (そういえば、ずっと腕を組んでいましたね…) 首を捻り、私は彼の不機嫌がどこにあるのか。そして彼の自己保身の理由について考えてみた。 彼が腕組を始めたのと、不機嫌になったのは同時だっように思う。その時私は何をしていたか…。 なるほど。 「気付かなくて済みませんでした。貴方も今日が誕生日だったのですね」 同盟を組んでも直ぐ解消し、戦争ばかりしてきたような仲だったため相手の誕生日など気づきもしなかった。だが自分にも誕生日があるのだから、ギルベルトにだってあるはずなのだ。こんなやつだとしても…。 改めてギルベルトへと向き直り、笑顔を向ける。 「ギルベルト、誕生日おめでとうございます」 こんな日くらい彼を尊重してやるべきだろう。なにせ誕生日とは知らず、プレゼントも何も用意していないのだ。 「オメデトウだけかよ」 「えぇ、ご覧の通り何も用意していないのです…」 「だからってオメデトウだけかよ」 ふて腐れた声に反応して、ついいつもの調子になりそうな自分を諫めつつ言葉を返す。 今日一日こんな調子で彼と向き合うのかと思うと、正直先が思いやられる。 小さく溜め息をつきながら、だが私は頭の片隅でみょうな違和感も感じていた。 あの生真面目な弟ならば、兄の誕生日を祝うためにコツコツと準備をするはず。当然、同居人である私にも声がかかるはずなのに…。 不安に駆られ、私は笑顔を引っ込めギルベルトへ確認する。 「きょうが…貴方の誕生日ですよね?」 「・・・」 勤めて穏やかかつ慎重に発した私の声に、ギルベルトの動きが止まる。 「違うのですね…。私の笑顔を返しなさい、このお馬鹿さん!」 「なに逆ギレしてんだよ!お坊っちゃんが勝手に勘違いしたんだろぉがっ」 「私は、最大限の笑顔と努力をあなたに向けたのですっ。 怒らずにいられますか!?」 「んなエアー的なもんいらねーよ!!」 「なんですって、このお馬鹿さん!!」 「だから!そんな目に見えねーようなエアー的なもんじゃなくてよぉ…ちゃんと寄越せっていってんだよ」 後半部分は尻すぼみになり、続く言葉も弱々しい。 テメーとオレは、もう敵同士じゃねぇんだからよ…。 おんなじ家にすんで、おんなじ飯くってんじゃねーか…。 彼のらしくない言葉が腕組の理由を暗に示している。 彼の中で、私はすでに彼の一部なのだ。毎日のように口論し、いさかいは絶えないが、それすら日常の一部として溶け込んでいる。 だが私の側ではどうなのか…。私が彼を受け入れているのか。彼はそれが心配なのだろう。 それ以上らしくない言葉を聞いていられなくなり、言葉の途中で口を挟む。 「ギルベルト」 「なんだよ…」 「あなた、顔が真っ赤ですよ」 「ば…ばかやろぅ!これはアレだ、ちがうからな!」 言い訳へと変わった言葉は再び勢いをとりもどし、スッカリいつもの調子だ。だから私もいつもの調子で返してやる…込み上げる笑みを抑えながら。 だって笑わずにいられるはずかない。 かつての憎むべき敵の正体が、こんなにも臆病で繊細だったなんて。 「プレゼントはちゃんと用意しておきますよ、貴方が喜びそうなものを」 「ホントかっ」 とたんに笑顔になる彼に、再び笑みがこばれそうになる。 こんなにも素直な一面があったなんて…。 (なかなか可愛い人だったんですね) きっとこの先も驚きの連続だろう。 互いの距離が近づき、見えなかっものが見えてくる。 「貴方のこと、少しだけ好きになれましたよ」 騒々しく欲しい物を捲し立てる彼の耳には届かなかったようだが、子供のように瞳を輝かせる姿が幼く見えて、また笑みがこぼれそうになった。 |