ロシア編7



いつか氷の上に返さなきゃいけない…。

長谷津時代、後で辛くなるのが嫌で、僕は無意識にヴィクトルへ手を伸ばすことを拒んでいた。手を出さず関係の進展を回避していたのだ。
だがロシアに拠点を移し、僕がヴィクトルにとってのLOVEとLIFEであることが判明した今、もう僕とヴィクトルが離れることはないのだと確信を持っていえる。
つまり僕とヴィクトルの関係の進展の障害となるものはなくなったのだ!

ヴィクトルとこの先に進んでもいいのではないか。
いやむしろ進むべき時が来たのではないだろうか。
僕を牽制する目的で同居していたユリオは、先日めでたく反抗期を終えると同時にヴィクトルの家を後にしていた。

(正直、いましかない気がする!!)

気が付いてしまってからは、もうその事しか考えられなくて、僕は一人ひたすらソワソワし始めてしまったのだった。


・:*三☆・:*三☆・:*三☆


毎年一月下旬に行われるヨーロッパ選手権。
国際スケート連盟に加盟するヨーロッパ各国の選手が出場し、その成績によって世界選手権への出場も左右される大切な大会だ。そしてその名が冠する通り、参加するのはヨーロッパ各国の選手にのみ。つまり俺とユリオにとって大切な大会ということになる。

その大切なヨーロッパ選手権を10日後に控えたある日を境に、なぜか全く無関係の勇利の演技に乱れが生じ始めた。正直この段階で突然やってきた不測の事態に、俺はコーチとして成す術もなく、ただただ勇利の演技に眉を顰めるばかりだ。
ユリオなんてヨーロッパ選手権を二週間後に控えた頃には長らく続いた反抗期にも別れを告げ、「集中したいから大会が終わるまで家を出る」と言葉少なに荷物をまとめリリヤの家へと戻っていったというのに…。ちなみにユリオは今回も金メダルを獲る予定らしく、大会一週間前に現地入りして調整するという念の入れようだ。
さすがに一週間前は早すぎるだろう…と、俺は三日前に現地入りする予定でいるのだが、ホームリンクで出来る最後の追い込み時期に勇利がこのていたらくでは最早不安しかない。
俺がヨーロッパ選手権を控えているのと同じように勇利にだって大切な大会が控えているのだ。それは四大陸選手権。この大会で結果を残さなければ勇利は世界選手権へ出場することができなくなる。ちなみにこの大会、端的にいえばヨーロッパ選手権に参加していない国々が参加する大会だ。カナダのJJやカザフスタンのオタベック、それに勇利の友人タイのピチットなどが主だった参加者だ。各選手のベストスコアだけ見ても勇利が優勝するにはGPF並みの演技をしなければ金メダルは狙えない。なにより試合は水物。何が起こるかは誰にもわからない。だからこそ限りある時間を有効に使い、勇利にも真剣に調整に取り組んでもらいたいというのに…。

「もうユーリが何を考えているのか、俺にはサッパリ分からないよ…」

俺の呟きが耳に届いたのかなんなのか、目の前で四回転フリップを見事に転倒した勇利は愛想笑いで俺の機嫌を取ってくる。

「ちがうちがう、そうじゃないだろう〜。何やってるの、この大切な時期に!」

ホント「何やってんの」である。頭が痛いのは実はリンクの上だけではないのだ…。
はぁ…と溜息をつき、ヴィクトルは自らの額に手を当て項垂れた。



ヴィクトルとしては勇利の「奇行」はユリオがいなくなってから始まったように思う。
シーズン後半の大切な大会を控えているというのに、妙なアプローチをしてくるのだ。「何を?」とは訊かないでいただきたい。最初はヴィクトルも勇利の意図することが分からず、頭にクエッションマークを飛ばしまくっていた程だ。
まさに「??」状態である。
しかしヴィクトルとて男である。勇利の意図することをいつまでも察することができないほど子供でもなければ鈍感でもなかった。そしてだからこそ、勇利の意図することが分かってからのヴィクトルの対応は早かった。勇利の「奇行」のすべてを無視しとおしたのだ。幸いなことに勇利はまだ無視されていることに気付いていない。このまま気付かないでいてもらいたいとヴィクトルは思う。

いくら婚約中とはいえタイミングが悪すぎる。なぜ今このタイミングなのか、勇利に小一時間ほど問い質したいほどだが、問い質せばハッキリ勇利に「NO」を突きつけなければならなくなる。メンタルもフィジカルも揃えてベストな状態で試合に臨んでもらいたいヴィクトルとしては、どうあってもここで間違いが起こっては困るのだ。
そもそも勇利はDTだ。
24年間、性の悦びを知らずに生きてきたのだ。いまここで脱DTなどしてしまったら勇利はいったいどうなってしまうのか…。考えただけで恐ろしい!!

知らない方がいい世界もあるよね!脱DTした勢いそのままに猿みたいにサカりまくって練習に集中できなくなってもアレだし!!

すべては勇利のためである。コーチとしても、フィアンセとしても、勇利より年上の先輩スケーターとしても、人生の先輩としても、金メダルを本気で獲るつもりなら、ここが我慢のしどころというやつだ。



…と俺がこんなに勇利のことを思って無視しとおしているというのに、よりによって俺は大会開催三日前に現地入りしたホテルのベッドの上で勇利にストレートに迫られていた。
曰く「ヴィクトル!エッチしようッ」だそうだ。
追い詰められたアスリートは何をしでかすかわからないって言うけど、ワォ、勇利ってばそんなに追い詰められていたんだね。勇利の出る大会なんて今から20日も先だっていうのにね!!

もうこれは朝まで説教コース確定だね、勇利゚+。*(*´♡`*)*。+゚


・:*三☆・:*三☆・:*三☆


僕はいまヴィクトルに説教されている。
ヴィクトルはベッドに腰かけ、長い脚を組みながら腕まで組んで完全に説教モードだ。一方の僕はといえば、カーペットの上で正座して俯いている。

なにがいけなかったんだろう。

僕を叱責するヴィクトルの右手の指にはゴールドの指輪が光っている。もちろん僕の指にも光っている。

「俺がユーリに挿れるのも、ユーリが俺に挿れるのもダメだよ!絶対に許さないからっ」

俺もユーリも大会を控えてるんだよ、わかってる!?
いまそんな変なことで身体を痛めたり、安易な快楽に溺れたりしたら絶対にロクなことにならない!
そういうのはシーズン終わってからにして!

「金メダルで結婚っていったよね、俺。婚前交渉なんてしないよ?そもそも俺たち二人とも現役なんだよ、自覚ある?体への負担考えなよユーリ」
「…はい」

ヴィクトルの説教にみるみる萎れていく僕。
20年間LOVEとLIFEを置き去りにして突っ走ってきた伝説は、とても禁欲的な人でした…。

肩を落とし意気消沈する僕。しかし僕は希望を捨ててはいなかった。なぜなら「説教」はされたが「拒絶」はされていないのだ!
それになにより今はっきりと明言されたぞ!ヴィクトルと僕の指にはまっている指輪は「お守り」なんかじゃない。やっぱり間違いなく「エンゲージリング」だったのだ!!
冗談めかして「エンゲージリングだよ?」と言ったあの日以来、確認することが憚られ、ある種うやむやで宙ぶらりんだった指輪にようやく明確な名前が付けられた瞬間でもあった。
ヴィクトルとの「結婚」がいよいよ現実味を帯び、心拍数が上がってくる。しかしそんな僕をほっぽってヴィクトルの説教はまだ続いていた。

「だいたい勇利はDTだし、俺だって後ろはバージンなんだよ?勇利が思ってるほど簡単にエッチなんてできるわけないだろう」

なん…だ、と、!??
僕は聞き逃さなかったぞ…。シッカリ耳にした!ヴィクトルは…ヴィクトルはぁあああああーーーーー

「やだユーリ!鼻血出てるよっ」
「え…うわッ」
「ティッシュ、ティッシュ!!」

その後、ヴィクトルに強引に鼻の穴にティッシュを詰められるという色気のない展開になったのだけれども、その程度のことで僕のこの興奮が納まるはずもなく…。

「ねぇ…全然鼻血止まらないけど…大丈夫、ユーリ?」
「大丈夫じゃないかも…」

だって、僕のヴィクトルは処女なのだ。純白の花嫁なのだ!
うわぁあああーー!!ヴィクトルが…ヴィクトルがぁああああーーーーー

オフシーズン早く来い!!!!