ロシア編13



オレの初恋が終わった。

オレの中でヴィクトル・ニキフォロフへの『愛』が決壊したのだ。
翌日の新聞には世界選手権の結果とともに「ユーリ・プリセツキー、リンクの中心でヴィクトル・ニキフォロフへの愛を叫ぶ」の見出しが躍っていた…。

最悪だ。


・:*三☆・:*三☆・:*三☆


今シーズン。ヴィクトルは4回転の数を減らし質で勝負した。その目論見通りGOEはジャンプすべてで満点の+3。
ただし4回転が去年より減ったことでヴィクトルのFSの得点は去年より低く、総合でも去年を10点ほど下回る優勝だった。

「ショートもフリーもいま自分ができるものしか入れていないよ。練習でもノーミスでできていたから自信を持って滑れたんだと思うな」

やはり次元が違う。
言うことが違う。
フリーは点数こそ去年より下回ったが引き込まれる演技だった。

一方オレはといえば「ヴィクトルに勝ちたい!」その思いがFSで焦りを生み自爆した。
演技後半、基礎点が1.1倍になる4回転トウループで力みすぎて2回転になるミスを犯した。さらに最悪なのは修正のため一回転ループを入れて4回転トウループに繋げて立て直そうとしたことが裏目に出た。
ここで単独ジャンプをコンビネーションジャンプにするということは、演技を通して3度しかできないコンビネーションジャンプを1つ跳んだとカウントされてしまうのだ。

瞬時にそのミスに気づいたオレは軽く動揺し、その動揺から4回転トウループを跳ぶタイミングを逸し、2回転トウループ1回転ループのコンビネーションにとどめステップへ移行してしまった。
その後は必死でリカバリーのタイミングを伺いながらエレメンツをこなし気が付けば演技は終了していた。
とっさの機転で最後の4回転トウループにつけるコンビネーションジャンプの種類を変更し難易度を上げることで失った12点近い得点の回収を図ったが、心境的には完全に爆死だ。

自分でもらしくないほど4回転トウループのミスを気にして、冷静さを欠いた感情的なリカバリーに走ってしまった。
それというのも、なんの皮肉か運命か…。明らかに滑走順がオレにとって不利としかいいようのない順番だったのだ。

オレの直前にはカツ丼が滑り、オレの後には最終滑走のヴィクトルが滑る。

オレは自分の滑走前にライバルであるカツ丼の滑りを目にし、リンクサイドでコーチとしてカツ丼を見守るヴィクトルを目にし、更にはキスクラでいちゃつく二人を目にしてリンクへと滑り出したのだ。
おまけにオレの演技を次の滑走者であるヴィクトルはリンクサイドでヤコフと並んで楽し気に見ていた!!

オレがどれだけのストレスとプレッシャーを受けたか、お前らにわかるか!??

ヴィクトルの見ている目の前で、オレは4回転トウループを無様に失敗したのだ!これが冷静でいられるか!?
全身の血液があの瞬間、沸騰するのをオレは感じたね!

何にせよ失敗は失敗だ。ヤコフにもキスクラで説教を受けたし、何よりも誰よりも、オレ自身がヘコんでいた。

オレにもう一つ4回転ジャンプがあれば、あるいは展開は違っていたのかもしれない。
2種類の4回転を組み合わせ、難易度を上げることで加点を狙って点数を重ねてきたオレにとって前半に高得点の4回転をGOE+3とともにもぎ取っていくヴィクトルは脅威でしかない。
体力もなく技術面でも劣るオレは、ひたすら後半に質のいいジャンプを集めるしかないのだ。
しかし今回のような展開も今後は念頭に入れていかなければならない。

このままでは世界と戦えない。
少なくともヴィクトルのいる世界では…!

もう一つ4回転ジャンプがあればプログラム構成難度は格段に上がるし、テクニカルエレメンツもあげられる。
プログラムコンポーネンツは今後の課題としても、今後世界で戦っていく以上、武器となる4回転は多いに越したことはない。ただコーチであるヤコフとしては4回転以上に身に付けさせたいものがあるらしい。要はジャンプに限らず、スピン、ステップ、コレオシークエンスの質を上げ、なおかつ、カツ丼が得意とし、逆にオレが伸び悩んでいるプログラムコンポーネンツも伸ばしたいのだ。

オレはカツ丼より若く、そして未熟だ。
だが若いということは、それだけで伸びしろがあるということだ。

正直なところ、ヴィクトルが戻ってきた以上、今のオレに勝機はない。あらゆる要素においてヴィクトルに勝てるものがないのだ。

ワールドでヴィクトルはオレが更新したショートの歴代最高得点をアッサリ笑顔で塗り替えてきた。
ワールドで見せた演技は今シーズンの集大成と呼ぶに相応しい内容だった。なにより衣装まで今日この日のために変えてきやがった!!
ヴィクトルに対するライバル心と憧れと恋心と愛しさと…色々なものが込上げて、気が付いたら表彰式が終わったリンクの上で、オレは一人天を仰ぎ叫んでいた。

最高だチクショー!
最高だ!!クソカッコイイ!
文句の付けようがねーじゃねーか、ヴィクトル!

「大好きだ馬鹿野郎ォオオオオオーーーー!!!」

オレは、お前が大好きなんだよ聞いてんのか!間の抜けだツラしやがって、可愛いなクソッ

「オレは、お前が…大好きだチクショーーーーー!!」

演技後に泣いたことはあっても、表彰式後に泣くのはこれが初めてだ。
っていうか、今シーズンは泣いてばっかだ!!

全部テメーのせいじゃねーかヴィクトルこの野郎ッ

カツ丼と共にリンクを去ろうとしていたヴィクトルが、オレの叫びを受けて立ち止まり振り返る。

「ユリオは元気だなぁ〜、あはは」

いつものムカつく笑顔も、今日に限っては胸にクる。

この感情がなんなのか、オレはそのとき悟った。

(恋じゃねぇよ…!)

これ恋じゃなくて、別のやつだぁあああああーーーー!!!!!




大会終了後、ヴィクトルの家に帰宅したオレは、同じく帰宅していた二人を残しすぐさま本屋へと走った。ネット通販するより本屋に買いに走った方が早い上に初回特典版が今ならまだあるはずだと踏んだからだ。
いつもの服装にフードを目深に被り、黒いマスクをはめ、サングラスまでしているオレはまるで不審者だ。だがオレはオレの中に芽生えた感情を大切にしていきたいと思っている。

店内を探し回るのも面倒で、真っ直ぐレジへと向かう。

「ヴィクトル・ニキフォロフの初回特典付き写真集ください!」